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■ ネオン街の羅針盤

 ただの夜の男とは異なるオーラ 


「女衒? ・・・それはひとつの顔ですよ」

【取材・文】 神 峻

【武内晃一という男】

夜の歌舞伎町を歩く武内は颯爽としていた。夜の住人が知らず知らずのうちに発する独特のオーラ。武内のそれは、ヤクザ、アングラ稼業、ホスト…さまざまな夜の男たちを見続けてきた私にとっても、初めて感じる種類のオーラであった。

「女衒? ・・・それはひとつの顔ですよ。今日、話を聞いていただければ、お分かりになると思いますよ。コミック(『女衒』芳文社刊・倉科遼/岩田和久。武内が原案担当した)や著書『歌舞伎町午前零時/女衒の夜』(河出書房新社刊)のおかげで、僕の「女衒」の部分だけが脚光を浴びていますからねぇ・・・・・・」

女衒(ぜげん)とは、一言でいえば人買い。明治以前には飢饉に喘ぐ農村などで年端もいかない少女を買い付け、遊郭などで売春行為を強いた娼婦仲介業のことである。明治以降に人身売買禁止法が制定されたが、依然として貧しい家では娘を身売りすることが非公然と行われていた。日本の海外進出とともに、日本、朝鮮や台湾から女性を連れだし、彼女たちを慰安婦として遊郭に売った忌まわしき職業である。当時の日本の輸出品の第一位は実はこうしたオンナたちであった。

列強諸国に遅れて資本主義の仲間入りをした日本は、資源と市場を求めて海外進出に躍起となっていた。国策に沿って外貨獲得の先兵となったのが女衒たちであったのである。東南アジアにいくつもの娼館を持ち、財を成した女衒の親玉・村岡伊平治という伝説の人物も誕生した。しかし、敗戦。戦後の公娼制度廃止にともない自然消滅していった職業でもある。

この「女衒」という、ゲスで蔑まれる職名を、武内が自ら名乗る真意は何なのか?
武内が彼らと同じような商売であるのならば、絶対に封印せねばならない忌まわしき言葉なのではないのか?


【武内晃一というホスト】

武内が夜の街にデビューしたのはホスト稼業であった。両親が教育者という厳格な家庭に育った彼は、大学入学とともにそのエリート家庭に反抗するように生まれ育った街・川崎を出た。その家庭環境と故郷の街の猥雑さが、今の自分に大いに影響を与えていると武内は書籍の中でも振り返っている。反抗して生きることを選択した武内は、両親の支援で生活することが我慢できなかった。あらゆるアルバイトを体験した彼はひとつの職業にたどり着く。アルバイト求人誌で見つけた高収入、それは六本木のサパークラブであった。流行のスーツとネクタイを身に付け、女性たちを接客する。それは紛れもないホスト業界であった。武内は二十歳であった。

「テレビにドキュメントやドラマや映画になるほど、ホストクラブが社会的なブームとなっている今と違って、二十歳のガキが簡単に飛び込める世界じゃなかったですよ。女に媚びてカネを頂く、男のやる商売ではない。まだまだ、そんな時代でしたからねぇ。川崎という街でいろんな水商売の人間たちを見てきたことや、何より僕の好奇心がそんな風潮に勝りましたね。客は銀座の高級クラブのお姉さんたち。そんな接客のプロが自分たちの店以上の料金を落としてゆく店でした。ですから、チャラチャラした気持ちではやってゆけない。そのためにさまざまな勉強をし、多くのことを学びましたね。この男と女の世界が僕の第一歩であることは間違いがありません」

社長、先輩、仲間、客、オンナたち・・・
ホスト時代の経験が大いなる実りとなって
『女衒』『夜王』などの傑作を生んだ

武内はホスト時代をこう話す。社長、先輩、仲間、客、オンナたち…。そこで出会った全ての人間や毎日が、自分の中で大いなる実りとなった…と。彼のこの時代の体験は、劇画原作者・倉科遼との出会いでも、多くのものを生み出してゆくことになる。武内自身がモデルとなった「女衒」、そして、人気ドラマとして話題沸騰中の「夜王」など原作者・倉科遼が描く夜の世界に明らかに武内の体験は反映されている。

「僕がホストだった時代は、店の中には派閥があり、売上をあげるホストもどちらかというと、ちょっと危ないニヒルなタイプ。今のような爽やか系やジャニーズ系なんてのは少なかった。まず、簡単にオンナを喰い物にはしない。楽しませ、喜ばせ、癒して、カネを得る…その職業意識やプライドも今よりは遥かに高いでしょうね。あのドラマも、その時代が反映されているので、今のホスト連中が見たら違和感があるかも知れませんねぇ…」

武内は現在のホスト業界を批判しているのではない。彼らの気持ちが分かる。それは武内晃一という人間も、ホストという職業を経てきたからだと彼はいう。

「当時はホストなんて、夜の蝶どころか、蛾みたいに思われていましたからねぇ(笑) そういった今までのイメージを変えようと、ホストクラブの経営者たちが、知恵を絞って、敷居を低くし、ブームを作り上げて、人材を育てた。一般女性でも来店できるようにして楽しませている。その功績と努力は、水商売といえども表の社会の成功者にも負けないくらいの素晴らしいものがある。ネオン街の勝ち組でしょうね」

このホスト稼業に「女衒」業のヒントがあった。目的のためにオンナを送り出す。人生の次のステップに登らせるために…。武内はそれに気付いたのである。


「女衒はスカウトと違うんですよ。
僕が聞くのは『理由』ですよね。そして『夢』」

【武内晃一という女衒】

「女衒はスカウトと違うんですよ。オンナを風俗店などに紹介するという行為であるならば同じかもしれませんが、中身が根本的に違います。カネになる商売だからと、オンナを街頭で言葉巧みに捕まえて店に紹介し、カネをくれと手の平を出す。終わると街頭に戻り次の獲物を探す。彼らがまず最初に聞く言葉は『いくら欲しい?』 そのスタートから違います。僕が聞くのは『理由』ですよね。そして『夢』。…どうしてそうしなければならないのか? 何のため? 「荷物」がその世界に飛び込まなければならない理由(わけ)を探ります。そしてその世界に身を置いて、何をしたいのか? その先はどうしたいのか? 夜の世界に飛び込む理由は、そりゃあカネですよ。でもね、それが必要な理由や使い道を聞くことから始めるんです」

武内は彼を訪ねるオンナたちを「荷物」と呼ぶ。これはストリップ業界などの興行用語でもある。「タレント」「商品」という意味でもある。しかし、いくつかの「荷物」たちのエピソードを聞くと、彼女たちをそう呼ぶ武内が「荷物」をモノ扱いしていないことが分かる。

「悲しいかな、堕ちてゆく荷物も多い。刑務所というか、仮釈前の社会復帰のための強制施設から逃げてきた荷物もいましたよ。ナナという子ですが、もともと彼女は地方都市で人気のあった風俗嬢で東京で稼ぎたいからと僕のところを訊ねてきました。あっという間に人気風俗嬢になりましてねぇ…。それに目をつける悪い奴らがいる。そうした男に喰い物にされるんです。男に惚れているときのオンナに何を言ってもダメですよ。シャブ付けになり、散々吸い上げられ、利用され、堕ちてゆきました。そんな彼女がパジャマで髪を振り乱して、とても二十代には見えないほど痩せ細ってボロボロなっていました。風俗誌に笑顔で登場していた面影はひとつもない。とことん話しましたよ。どうしたいのか? どうなりたいのか? 彼女は今、郷里に戻り幸せな家庭を築いています。正直、あんな面倒はこりごりですがね(笑)」

川崎のソープで働いたユミカという女性は、最初に武内に話した「理由」の通りに、コツコツとカネを貯め、今では数軒のブティックのオーナーになった。彼女はその開業支援を武内に依頼してきた。武内はその知識と持てる人脈を「荷物」のためにフルに活用し、彼女を成功に導いた。これは彼にとっても嬉しいゴール、「荷物」の配達先である。

武内がまず最初に「荷物」たちに「夢」を聞く理由、武内が目指す「女衒」とはこういうことなのである。「スカウトとは違う」その真意がここにある。

オンナたちを「荷物」と呼び、自らを「女衒」と呼ぶ。これは武内独特のアイロニー(反語・皮肉)とシニシズム(嘲笑的、冷笑主義)であるのだと気付いた。

「今までは夜の世界や風俗業界が持つ空気って重かったでしょう。借金のカタに売られたとか、旦那がヒモだとか…。それこそホントの女衒ですよ(笑)ところが最近は、給料がイイんだから、風俗くらい平気、彼氏としていることがカネになるんだもん…という女性が増えた。この意識の変化が女喰いのような連中を増やしたんですね。僕も同じならば「女衒」なんて名乗りませんよ。女性にとって「安心」を提供する。そして、彼女らの「理由」を解決してやり、「夢」を「目標」に変えてやるんです。「夢」と「目標」は違いますからね。「夢」は漠然としているものだけど、「目標」ならいつかは手が届く。そして次の目標が生まれる。でも、この業界ってそう思わない人間が多いですから。…流されちゃうんですね。例えば、吉原で働いているソープ嬢は現在約三千人。彼女たちは最初から生涯ソープ嬢一本で働いていくつもりだったんでしょうか? 歌舞伎町の何万人のホステスや風俗嬢たちはどうなんでしょうか? おカネを稼いで何かしたいという本来の目標があったはず。この業界は流されても生きていけます。しかし、僕が手がける女性に関しては、次のステップに進む目標を持たせてやりたい。僕が携わる以上、そこから何かを得て、次の展開に繋げようと思っています。そういう意味では僕は羅針盤のような役割なのかもしれません」


「絶対に稼がせてやる!」
その言葉は「荷物」たちへの武内の誓い

【武内晃一というプロデューサー】

武内はさまざまなことに挑戦し続けている。ホストブーム前夜に出版プロデューサーとして歌舞伎町の人気ホストの写真集を発表した。「東京ホスト」とタイトルされたその写真誌は歌舞伎町のホスト業界の成功の後押しとなった。ヤングジャンプ(集英社)で「夜王」がブレイクするのと連動するような形になった。作家・浅田次郎氏と組んだ、世界のカジノを廻るという書籍「カッシーノ!」(浅田次郎著・ダイヤモンド社・現在は第二巻まで刊行中)や多くのタレントなどの書籍や写真集。女衒から派生したAV嬢などのプロモーションをすると同時に、旧態としたストリップ業界に新風を巻き起こした仕掛け人のひとりでもある。そして映像、本誌でもおなじみの任侠劇画家・村上和彦氏の作品プロモーションや氏の新シリーズ「誇り高き野望」をはじめとした映像作品などの音楽プロデューサー…。実にさまざまな顔を持つ。冒頭の言葉、「女衒というのはひとつの顔」まさにその通りであろう。

「まだ、動き出した段階ですが、歌舞伎町の浄化や再生に関わるテレビドキュメント(9月放送に向けて製作開始)や、多くの隠れた人材を発掘して世に送り出したいんですよ。前回のこの連載で取り上げられていた写真家の渡辺さん…、ああいう才能が埋もれている街がネオン街・歌舞伎町なんですよ。僕に出来るそういう活動をして街を生き返らせたいと思ってます。これらは「女衒」として人間を総合的にプロデュースしてきた僕だからこそ出来る。いや、やらねばならない未来なのかもしれませんねぇ」

著書 『歌舞伎町午前零時/女衒の夜』 には、そうした武内のさまざまな想いが詰まっている。

「今回の著書は僕の足跡を辿ったノンフィクション。この本を読んでドラマや劇画化などのオファーもいくつか来ています。ようやく夜の世界に陽が当たり始めたようで・・・(笑) でも僕は、もっとドラマ性を持たせた物語に、練って練って、形にしたいですねぇ…。今、その作業中です。どうぞその間に、より良いオファーをお待ちしています(笑)」


面談を終えた「荷物」たちに、武内が必ず最後にいう言葉がある。
『絶対に稼がしてやる!』 書籍の帯コピーにもなった言葉だ。
その言葉は荷物たちへの武内の誓いでもある。

男はこうしてネオンの海に漕ぎ出すオンナたち、いや住人たちの羅針盤になった。クールに見えても熱い男。武内自身が次なる「目標」を定め、突き進んでいる。それが、私が嗅ぎ取った歌舞伎町の他の住人たちにはない、彼独特のオーラの秘密であった。



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